【スグルのリアル体験 18】〜 一歩を踏み出す勇気
- 2025/01/31
北里先生と一緒に赴任したこの小学校は、クラス数が多いだけに職員の数も多い。
慌ただしい日々の中、赴任して1週間で始業式があり、その直後にはすぐ入学式が控えていた。
午後からは式の準備を兼ねた職員会議が開かれるという。
だが、この会議は、波乱の幕開けだった。
会議が始まると、校長・教頭と一部の教員が対立し始めたのだ。
言葉の応酬に、会議室の空気は重苦しくなり、話は堂々巡りを繰り返したまま、
ついに時間切れで翌日に持ち越された。
帰り際、俺は校長先生に呼ばれ、校長室に足を運んだ。少し緊張しながら入ると、
校長先生が深刻な表情で切り出した。
「スグル先生、あなたに力を貸してほしい。」
その言葉に驚く間もなく、校長先生はさらにこう続けた。
「明日の会議で、対立する教員の意見に反対する立場で発言してほしい」
俺はその場で答えを出すことができなかった。赴任して間もない俺に、
なぜこんな重大な役割を託すのか。
そして、そもそも何が問題の核心なのかすら、まだ掴めていない。
混乱する頭のまま、俺は北里先生に相談することにした。
北里先生は一言、「まず全体像を見極めるべきだ」と助言してくれた。
「スグル君、君はまだ新任だからこそ、どちらの立場にも立たず、中立でいられる。それを活かしてくれ。」
その言葉に背中を押され、俺は中立の立場を貫くことを心に決めた。
しかしその矢先、校長先生と対立する教員のリーダー格の先生が俺に話がしたいと近づいてきた。
その先生は職員室の片隅で、真剣な表情で問いかけてきた。
「スグル先生、あなたはどちかの味方ですか?」
その言葉に俺は一瞬息を飲んだ。けれど、逃げるわけにはいかなかった。
「正直に言うと、まだ全てを理解できているわけではありません。
でも、俺はどちらにも肩入れするつもりはありません。すべての意見を聞き、
学校全体にとって最善の方法を探りたいと思っています。」
その先生はしばらく俺を見つめた後、ふっと息をつきながらこう言った。
「簡単な道ではないと思います。それでも、あなたがその道を選ぶというなら、私たちの声もきちんと聞いてください。」
その言葉には、信頼と期待が入り混じっているように感じた。
同時に、自分が背負った役割の重さを改めて実感した。
その夜、俺は眠れなかった。自分のような新任用務員に何ができるのか?
それでも、どちらかに肩入れすることなく、全員の声を拾い上げることが自分の役割だと信じた。
翌日の会議では、俺は全職員に向けてこう提案した。
「まずは全員が自分の考えをしっかり共有しませんか?
お互いの立場や意見を整理し、対話を深めることで、皆さんが納得できる結論を目指したいと思います」
最初は緊張感に包まれていた会議だったが、少しずつ教員たちが思いを語り始めた。
校長先生もまた、その場で自分の信念を語った。
何度もぶつかり合う瞬間はあったが、会話が進むうちに、
それぞれが一歩ずつ歩み寄る姿が見えてきたように思えた。
俺はその光景を見て、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
帰り際、北里先生がそっと俺の肩を叩きながら言った。
「スグル君、本当によく頑張ったね。君がいたから、みんなここまで歩み寄れたと思うよ。」
その言葉に、思わず目頭が熱くなった。俺がこの学校に来た意味は、ここにあったのだろうか?
用務員としての自分の存在が、少しでも誰かの助けになれたのなら、
それだけで十分だ――そう心の底から思えた瞬間だった。