【スグルのリアル体験 18】〜 一歩を踏み出す勇気

北里先生と一緒に赴任したこの小学校は、クラス数が多いだけに職員の数も多い。

慌ただしい日々の中、赴任して1週間で始業式があり、その直後にはすぐ入学式が控えていた。

 

午後からは式の準備を兼ねた職員会議が開かれるという。

だが、この会議は、波乱の幕開けだった。

 

会議が始まると、校長・教頭と一部の教員が対立し始めたのだ。

言葉の応酬に、会議室の空気は重苦しくなり、話は堂々巡りを繰り返したまま、

ついに時間切れで翌日に持ち越された。

 

帰り際、俺は校長先生に呼ばれ、校長室に足を運んだ。少し緊張しながら入ると、

校長先生が深刻な表情で切り出した。

「スグル先生、あなたに力を貸してほしい。」

その言葉に驚く間もなく、校長先生はさらにこう続けた。

「明日の会議で、対立する教員の意見に反対する立場で発言してほしい」

 

俺はその場で答えを出すことができなかった。赴任して間もない俺に、

なぜこんな重大な役割を託すのか。

そして、そもそも何が問題の核心なのかすら、まだ掴めていない。

 

混乱する頭のまま、俺は北里先生に相談することにした。

北里先生は一言、「まず全体像を見極めるべきだ」と助言してくれた。

 

「スグル君、君はまだ新任だからこそ、どちらの立場にも立たず、中立でいられる。それを活かしてくれ。」

その言葉に背中を押され、俺は中立の立場を貫くことを心に決めた。

 

しかしその矢先、校長先生と対立する教員のリーダー格の先生が俺に話がしたいと近づいてきた。

その先生は職員室の片隅で、真剣な表情で問いかけてきた。

「スグル先生、あなたはどちかの味方ですか?」

その言葉に俺は一瞬息を飲んだ。けれど、逃げるわけにはいかなかった。

 

「正直に言うと、まだ全てを理解できているわけではありません。

でも、俺はどちらにも肩入れするつもりはありません。すべての意見を聞き、

学校全体にとって最善の方法を探りたいと思っています。」

 

その先生はしばらく俺を見つめた後、ふっと息をつきながらこう言った。

「簡単な道ではないと思います。それでも、あなたがその道を選ぶというなら、私たちの声もきちんと聞いてください。」

その言葉には、信頼と期待が入り混じっているように感じた。

同時に、自分が背負った役割の重さを改めて実感した。

 

その夜、俺は眠れなかった。自分のような新任用務員に何ができるのか?

それでも、どちらかに肩入れすることなく、全員の声を拾い上げることが自分の役割だと信じた。

 

翌日の会議では、俺は全職員に向けてこう提案した。

「まずは全員が自分の考えをしっかり共有しませんか?

お互いの立場や意見を整理し、対話を深めることで、皆さんが納得できる結論を目指したいと思います」

 

最初は緊張感に包まれていた会議だったが、少しずつ教員たちが思いを語り始めた。

校長先生もまた、その場で自分の信念を語った。

何度もぶつかり合う瞬間はあったが、会話が進むうちに、

それぞれが一歩ずつ歩み寄る姿が見えてきたように思えた。

 

俺はその光景を見て、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。

 

帰り際、北里先生がそっと俺の肩を叩きながら言った。

「スグル君、本当によく頑張ったね。君がいたから、みんなここまで歩み寄れたと思うよ。」

その言葉に、思わず目頭が熱くなった。俺がこの学校に来た意味は、ここにあったのだろうか?

用務員としての自分の存在が、少しでも誰かの助けになれたのなら、

それだけで十分だ――そう心の底から思えた瞬間だった。