【スグルのリアル体験 36】〜 俺の新しいスタート
- 2025/05/15

次に行く中学校は、街の中心部にある。県外からの見学者も多い学校だ。
俺がそこに異動する“意味”があると聞かされた。
「スグル先生、次の学校は地域との繋がりがとりわけ強い。
そして、まもなく50周年を迎える学校で、学校用務員の研修場所にもなっている。お前が行く意味は大きいぞ」
そう言ったのは、俺の師匠でもある秋山先生だった。
そして、今の校長先生も俺の背中を押してくれた。
「次の校長先生は、すごく頭のいい人格者です。支えてやってください。あなたは立派な叩き上げだから、大丈夫です」
俺は“学校用務員”の仕事にも、生徒指導にも、ある程度自信を持っていた。
しかし、市内でも有名な注目校での勤務となると、正直プレッシャーがあった。
異動先の校長先生は、俺のことをすでに知っていた。
「前の校長先生から聞いているよ。あの先生とは教育委員会で一緒だったからね」
そして、地域の特徴や生徒の様子、50周年行事について説明してくれた。
今までにない独特な地域性と生徒の気質──
この学校は“お祭り”が生活の中心にあり、祭りが始まると生徒は早退や欠席をする。
先生たちも授業が終わると、当然のように参加する。
そして何より、この地域では“酒が飲めないと人間関係が築けない”という暗黙のルールがあるらしい。
俺は酒が一滴も飲めない。
正直、かなりの不安を感じた。
まずは、用務員の仕事を通じて先生たちと交流し、地域の情報を得ようと決めた。
それが、前の校長先生との約束でもあった。
「次の中学校はスグル先生にぴったり。役に立つはずですよ。あなたは叩き上げだから、絶対に活躍できる」
前の学校の校長先生の言葉を胸に、俺は新たな学校で動き出した。
祭りと学校と、俺の居場所
まずは校舎を巡回し、校長先生や教頭先生の意見を聞きながら校舎の営繕を提案した。
朝の正門指導にも参加し、生徒指導の先生や体育の先生たちと交流を深めた。
そんなある日、教務の先生が話しかけてきた。
「スグル先生、どこの町内で祭りに参加します?」
「え?必ず参加しないとダメなんですか?」
すると、思わぬ言葉が返ってきた。
「必須じゃないですよ。でも、参加しないと地域から“よそ者”扱いされますね」
俺は絶句した。
ここでは、仕事をこなすだけじゃダメらしい。
地域に溶け込み、信頼を得るには、祭りに参加するのが一番の近道なのだ。
だが、俺は酒が飲めない。
この土地では、祭りのあとの酒席が人間関係を深める場になっていると聞いた。
「俺、飲めないんです」と苦笑いすると、先生は笑って言った。
「大丈夫ですよ。祭りで体を動かせば、酒がなくてもすぐに打ち解けますよ」
その言葉に少し救われた。
まずは、祭りの準備を手伝ってみようと決めた。
用務員として校内の整備をするだけでなく、地域の人たちが集まる場にも顔を出した。
地元の大工さんが祭りの山車を作っているところへ行き、「何かお手伝いすることありますか?」と声をかけた。
最初は警戒されていたが、毎日顔を出し、掃除をしたり、材料を運んだりしているうちに、少しずつ会話が増えた。
「スグル先生、よくやってるな」
そう言われるようになった頃、地域の人たちの態度も柔らかくなった。
そして迎えた祭り当日。
生徒たちは法被姿で神輿を担ぎ、地域の大人たちと声を合わせて掛け声をかける。
学校では見せない、誇らしげな顔をしていた。
俺も、気づけば地域の人たちと一緒に動いていた。
生徒たちが「スグル先生、ちゃんとついてきてる?」と笑いながら声をかけてくる。
こんなふうに、生徒と地域が一つになっている学校なんだ、と実感した。
その夜、祭りが終わると、地域の人たちから声をかけられた。
「スグル先生、酒は飲めないんだってな?じゃあ、ウーロン茶で乾杯しよう!」
──俺はこの学校、この地域で、生きていけるかもしれない。
そんな確信が、少しずつ芽生え始めた。
それから数日後。
朝の正門指導をしていると、一人の生徒が駆け寄ってきた。
「スグル先生!」
振り向くと、祭りで神輿を担いでいた〝カズマ〟だった。
俺はこの地域に、そしてこの学校に、少しだけ受け入れられたんだ。
この町で、この学校で、俺はもっとできることがあるはずだ。
これが、俺の新しいスタートだ。
この学校で、俺にしかできないことを見つけていこう。
校舎を見上げると、まるで俺を励ますように、朝日がまぶしく輝いていた。