【スグルのリアル体験 39】〜 俺と〝番長〟の物語

ある日の放課後、俺はいつものように校内を巡回していた。

体育館の裏を通りかかると、〝番長〟とその仲間たちがたむろしているのが目に入った。

タバコこそ吸っていないものの、その雰囲気はどこか大人を寄せ付けない空気をまとっていた。

 

そのとき、遠くから生徒指導の先生がこちらに向かってくるのが見えた。

このままではまずい。先生と彼らが揉めるかもしれない。

俺はとっさに、大きく息を吸い込み、ニヤッと笑って言った。

「おい、掃除サボってるのか?」

〝番長〟は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに目を細めて「別にサボってねぇし」と言い返してきた。

 

俺は地面に転がっていた空き缶を拾い上げ、「じゃあ、ちょっと手伝えよ」と軽く投げかけた。

〝番長〟は仲間たちの方をちらっと見た。どうするか迷っているのが分かった。

 

でも、ため息をつきながら「ったく、しゃーねぇな」と言い、空き缶を拾い始めた。

仲間たちも何かのルールに従うようにして、少しずつ手を動かした。

俺はその様子を見ながら、ずっと考えていたことを口にした。

「そういや、お前の親父さんって…」

その瞬間、〝番長〟の動きがピタリと止まった。空き缶を握りしめ、ゆっくりと俺を睨みつける。

「…何が言いてぇんだよ?」

 

俺は目を逸らさずに、静かに言った。

「俺もな、小さい頃にちょっと複雑な環境で育ったんだよ。」

〝番長〟は一瞬、戸惑ったような表情をした。今まで、大人たちから親のことを言われると、

それは“指導”という名の“レッテル貼り”でしかなかった。

 

でも、俺の言葉は違った。ただの共感でもなければ、同情でもない。俺は本気で、彼の苦しみを理解しようとしていた。

〝番長〟はゆっくりと腰を下ろし、ポツリと「…何、それ」と呟いた。

「俺のオヤジはさ、俺が小学生のときに捕まったんだよ。周りの大人はみんな口をそろえて『お前は父親みたいになるな』って言った。

そんなの、分かってるんだよ。でもさ、そう言われ続けると、逆にどうしたらいいか分かんなくなるんだよな。」

〝番長〟は驚いたように俺を見つめた。

 

「…スグル先生ってさ、熱い変な用務員だよな。」

「おいおい、変ってなんだよ。せめて、面白いって言えよ。」

彼は俺が毎朝、遅刻した生徒と走っていた姿を見ていたのだ。

そして、番長に毎朝一緒に朝ごはんを食べないか?と提案した。

 

翌朝、朝7時を過ぎた。

「やっぱり来ないか…」

そう思いかけたそのとき、〝用務員室〟のドアがゆっくり開いた。

「遅れて、ごめん。」

息を切らした〝番長〟が立っていた。

 

俺は驚いた。正直、約束を守るとは思っていなかった。でも、〝番長〟は来たのだ。

「まぁ、間に合ったからいいさ。ほら、座れよ。」

買ってきたおにぎりと唐揚げを渡すと、〝番長〟は照れくさそうに受け取り、ひと口頬張った。

「うまいな、これ。」

「だろ? 朝飯はな、ちゃんと食うと元気が出るんだよ。」

最初はぎこちなかったが、食べているうちに会話が弾み始めた。〝番長〟は意外とよく喋る。好きな趣味の話、仲間の話、時々家族の話。

「俺さ、別にグレたいわけじゃねぇんだよ。ただ、こうするしかなかったっつーか。」

 

視線を落とした彼に、俺は言った。

「お前男気あるよな。」

「…は?」

「仲間を大事にしてるし、約束も守る。朝飯の時間に遅れても、ちゃんと来た。それって簡単なことじゃねぇよ。」

〝番長〟は、おにぎりを見つめまま黙った。

「スグル先生って、やっぱ変なヤツだよな。」

「おいおい、またそれかよ。」

二人で笑った。

 

俺はふと提案した。

「朝飯ついでに、一緒にゴミ拾いしねぇか?」

〝番長〟は怪訝そうに眉をひそめた。

「ゴミ拾い?」

「そう。俺、毎朝6時半からやってるんだ。お前も一緒にどうだ? 朝飯つきだぜ。」

〝番長〟は腕を組んで考え込んだ。そして、おにぎりを食べ終えると、唐揚げをひとつ口に放り込みながら言った。

「…まぁ、朝飯つきなら考えてやってもいいぜ。」

「よし、決まりだな。」

〝番長〟は照れくさそうに笑った。

その朝、俺と〝番長〟の小さな約束が生まれた。

 

学校は、ルールを守らせるばかりじゃない。本当に大切なのは、一人ひとりと本気で向き合うことなんだと。

そう思いながら、俺は校内を巡回していた。