【スグルのリアル体験 43】〜 人と向き合う

学校には中休み15分と昼休み45分がある。

 

給食時間が終わり、昼休みが始まると、奥野先生が用務員室にやって来た。

「スグル先生、女子生徒の対応に困っています」

 

彼は体育教科の講師。まだ若く、見た目は真面目そうだが、どこか頼りなさそうな印象を受ける。

話を聞くと、ある女子生徒が彼の言うことをまったく聞かないというのだ。

 

どうやら奥野先生は女子生徒が苦手らしい。

おそらく、その生徒はそのことを敏感に感じ取っているのだろう。

 

「先生、ひょっとして『よく思われたい』『傷つけたくない』って気持ちが強すぎるんじゃないですか?」

俺が少し踏み込んだ言葉を投げかけると、奥野先生は照れくさそうに目をそらした。

 

「その女子生徒のことをよく観察して、良いところを見つけてみてください。

そして、素直な気持ちでそれを伝えてみましょう」

奥野先生は真剣な表情で頷いた。

「分かりました。やってみます!」

 

数日後、奥野先生は笑顔でやって来た。

「スグル先生、ありがとうございました!あの生徒、僕の話をちゃんと聞いてくれるようになりました!」

その嬉しそうな顔を見て、俺も心の底からホッとした。

「どうやったんですか?」

「先生に言われた通り、彼女の好きなことや得意なことを見つけて、褒めるようにしました。

最初は無視されましたけど、続けてたら、少しずつ反応してくれるようになって……」

 

その日の奥野先生は、まるで成功した子どものような無邪気な笑顔を見せていた。

仕事終わり、奥野先生と焼肉屋に行くことになった。

「今日のビールは美味いですね!」

彼はジョッキを片手に、目をキラキラと輝かせている。

その姿は、職員室で悩んでいた時とはまるで別人のようだ。

 

「先生、実はずっと女子生徒との接し方に悩んでいました。

自分が何か言ったことで傷つけたらどうしようって…。

でも、あの子が変わってくれたことで、僕も自分に自信が持てました」

 

彼の言葉に、俺は思わずグッときてしまった。

「それは、奥野先生が自分から向き合ったからですよ。

誰かのために動くことって、実は自分のためにもなるんです」

奥野先生は「そうですね」と小さく頷き、またビールを一口飲んだ。

 

「先生、僕…教師になった意味をようやく見つけた気がします」

人は変われる。そして、その変化は周りにも良い影響を与えるのだと実感した。

次の日の朝、学校の門に立ちながら、俺は昨日のことを思い返していた。

奥野先生の満面の笑顔、素直な感謝の言葉。それが、今日の俺のエネルギーになっていた。

「おはようございます!」

元気に挨拶する生徒たちの中に、奥野先生が対応に悩んでいた女子生徒の姿も見つけた。

彼女は友達と笑い合い、少しだけ俺にも笑顔を向けてくれた。

 

「おはよう!」と返すと、彼女は驚いたような顔をして、照れくさそうに手を振った。

「少しずつでも、変わっているんだな…」

俺は心の中でそう呟き、また一つ、小さな勇気をもらった気がした。

 

昼休み、奥野先生がまた俺のところにやって来た。

「スグル先生、実は…あの女子生徒から『先生、前より話しやすくなった』って言われました!」

彼はまるで宝物を見つけたように目を輝かせていた。

「それは良かったですね!先生が本当に彼女と向き合った結果ですよ」

「ありがとうございます、先生のおかげです」

「先生、今度は僕が誰かの背中を押せるようになりたいです」

 

「きっとできますよ。奥野先生なら、絶対に」

俺も少し胸が熱くなり、握りしめた拳に力を込めた。

人と人が向き合い、心を通わせることで、こんなにも大きな変化が生まれるのだと改めて感じた。

 

「よし、今日も一日、頑張ろう」

俺は心の中で小さく呟き、また新たな一歩を踏み出した。

生徒たちの成長を見守り、自分自身も少しずつ成長しているのだと信じて。