【スグルのリアル体験52】〜 7分の距離 けんじ君の世界 〜

その児童の自宅は、小学校から歩いて7分ほどのアパートだ。 

けんじ君ーー高学年の男の子。不登校が続いている。

 

今日は、安永先生と俺とで彼の家に迎えに行くことになった。

 

朝の空気は少しひんやりしていて、辺りは静かだったが、心の中は落ち着かない。

「どういう状況なんだろう…」

胸の奥に、ほんの少し不安がよぎっていた。

 

アパートの前に着くと、1人の女性がこちらに近づいてきた。

40歳くらいの、やや痩せた女性。

「小学校の先生? 同じアパートに住んでるんだけど、あの家族に困っているんです」

(俺たちは〝防犯パトロール〟と書かれたベストを着ていたので、小学校関係者と分かったのだろう)

 

女性は続けた。

 

「夜中に奇妙な音が聞こえたり、玄関のドアからはみ出すように電気の配線がしてあったりして…正直怖くて…」

俺たちは、女性の話を静かに聞いた。

 

こういう声も、地域の現実だ。

 

「ご迷惑をおかけしています。気をつけて様子を見させてもらいます」

安永先生がそう返し、俺たちはアパートの外階段を上り始めた。

3階にあるという、けんじ君の自宅へーー

ーーー

廊下の奥に、その家はあった。

近づくと、まず目に飛び込んできたのはーー

ドアが、少し開いていた。

 

そしてーー

 

ドア横の窓からはみ出したままの電気配線。

確かに、さっきの女性が言っていた通りだ。

 

安永先生が一歩前に出て、**「こんにちは、小学校の者です」**と声をかけた。

返事はない。

少し間を置き、そっと中に入る。

俺も続いて玄関へ。

そこに広がっていたのはーー

玄関いっぱいに散乱した靴や傘。

靴を脱ぐ場所すらなかった。

 

仕方なく靴を外に置き、部屋の中へ。

ーーー

床には、お菓子の袋やゴミがあちこちに散らばっていた。

足の置き場を探しながら、一歩一歩進む。

台所は、洗っていない食器が山のように積まれていた。

 

さらに奥へーー

 

布団がひきっぱなしの部屋。

湿っぽい布団が放置されたままだ。

そしてその布団の端にーー

下を向いたまま座る、お母さんの姿があった。

「…先生達が、来てるよ」

お母さんは声を張り上げた。

どうやら、けんじ君は隣の部屋にいるらしい。

 

ーーー

安永先生と2人で隣の部屋をそっと覗くとーー

さらに散らかった部屋。

その奥の2段ベッドの上に、けんじ君がいた。

小さな背中を丸め、こちらを見ようとしない。

すぐには出てこなかった。

 

でもーー

 

30分ほど、俺たちは穏やかに言葉をかけ続けた。

やがて、けんじ君は重い腰を上げ、部屋を出てきた。

ーーー

床に転がっていたランドセルを拾い、開けた瞬間ーー

ゴキブリが飛び出した。

俺も安永先生も思わず声を上げたがーー

けんじ君は、まったく動じない。

淡々と、必要な物を詰め、ランドセルを背負った。

そして、ゆっくりと小学校へと歩き出した。

 

ーーー

俺は、そんなけんじ君に声をかけた。

「昼休みに、用務員室においで」

その理由はーー