【スグルのリアル体験57】 〜 紙くずの向こうに見えた心 〜

数日後、校長先生に呼び出された。

「スグル先生、仕事が落ち着いたら、また6年3組に入ってくれんかね」

 

あのクラスか…。

時計を見ると10時を少し過ぎた頃。

用務員室の窓から見える校庭に、雪がちらついていた。

 

俺は防寒着を羽織って、ゆっくり深呼吸をして教室へと向かった。

静かに、6年3組のドアを開ける。

……やはりだった。

 

あの問題児4人組が、黒板に向かって文字を書いている担任の背中に、丸めた紙くずを投げていた。

でも、俺の姿を見て、全員の動きがピタリと止まる。

何も言わずに、俺は床に落ちている紙くずを、一つ一つ拾いはじめた。

静まり返る教室。

 

しばらくして、せいじ君が立ち上がった。

彼の目には、決意の光が宿っていた。

迷わず向かったのは掃除道具入れ。

ホウキとチリトリを持ち、黙って掃き始めた。

 

――あぁ、何かが、変わりはじめた。

俺も黙って、四つん這いになって雑巾で床を拭き始める。

冷たい水に、手が凍えるように痛い。

 

でも、いいんだ。

「この想いが、少しでも伝われば…」

そう願って、歯を食いしばって拭き続けた。

 

やがてせいじ君は、他の子の机の下まで丁寧に掃き始めた。

誰も何も言わない。

 

ただ俺とせいじ君の動きだけが、教室を満たしていた。

雑巾を洗って、窓辺に干したあと、俺は小さく目を閉じた。

 

誰にも気づかれないように、そっと感謝を込めて。

そして、静かに教室をあとにした。

言葉は交わさなかったけど、あの瞬間、確かに心が動いた。

 

それだけで、十分だった。

あれから月日は流れた。

ある日の夕方、仕事を終え坂道を下っていたとき、バイクが俺の前を通り過ぎて、戻ってきた。

「スグル先生!」と、声がした。

 

ヘルメットを脱いだその青年は…

なんと、せいじ君だった。

 

「ちょっと待っててください!」と、彼はバイクで走り去り、しばらくして戻ってきた。

「先生、どうぞ」と手渡されたのは、あたたかい缶コーヒー。

その小さな缶は、俺にとってどんな宝石よりも価値があった。

 

夕焼けに照らされたアスファルトの上で、俺とせいじ君の影が静かに並んでいた。

――あの日、教室で語った「背中」の言葉は、確かに彼の中に届いていたのだ。