【スグルのリアル体験57】 〜 紙くずの向こうに見えた心 〜
- 2025/10/09

数日後、校長先生に呼び出された。
「スグル先生、仕事が落ち着いたら、また6年3組に入ってくれんかね」
あのクラスか…。
時計を見ると10時を少し過ぎた頃。
用務員室の窓から見える校庭に、雪がちらついていた。
俺は防寒着を羽織って、ゆっくり深呼吸をして教室へと向かった。
静かに、6年3組のドアを開ける。
……やはりだった。
あの問題児4人組が、黒板に向かって文字を書いている担任の背中に、丸めた紙くずを投げていた。
でも、俺の姿を見て、全員の動きがピタリと止まる。
何も言わずに、俺は床に落ちている紙くずを、一つ一つ拾いはじめた。
静まり返る教室。
しばらくして、せいじ君が立ち上がった。
彼の目には、決意の光が宿っていた。
迷わず向かったのは掃除道具入れ。
ホウキとチリトリを持ち、黙って掃き始めた。
――あぁ、何かが、変わりはじめた。
俺も黙って、四つん這いになって雑巾で床を拭き始める。
冷たい水に、手が凍えるように痛い。
でも、いいんだ。
「この想いが、少しでも伝われば…」
そう願って、歯を食いしばって拭き続けた。
やがてせいじ君は、他の子の机の下まで丁寧に掃き始めた。
誰も何も言わない。
ただ俺とせいじ君の動きだけが、教室を満たしていた。
雑巾を洗って、窓辺に干したあと、俺は小さく目を閉じた。
誰にも気づかれないように、そっと感謝を込めて。
そして、静かに教室をあとにした。
言葉は交わさなかったけど、あの瞬間、確かに心が動いた。
それだけで、十分だった。
あれから月日は流れた。
ある日の夕方、仕事を終え坂道を下っていたとき、バイクが俺の前を通り過ぎて、戻ってきた。
「スグル先生!」と、声がした。
ヘルメットを脱いだその青年は…
なんと、せいじ君だった。
「ちょっと待っててください!」と、彼はバイクで走り去り、しばらくして戻ってきた。
「先生、どうぞ」と手渡されたのは、あたたかい缶コーヒー。
その小さな缶は、俺にとってどんな宝石よりも価値があった。
夕焼けに照らされたアスファルトの上で、俺とせいじ君の影が静かに並んでいた。