【スグルのリアル体験58】 〜 ドキッ!ハッと作戦、始動 〜
- 2025/10/16

4月になると、毎年人事異動がある。
この年も他校から6人、新規採用で2人の先生がやってきた。
7月のある蒸し暑い日の午後、用務員室のドアがそっと開いた。
「スグル先生、ちょっといいですか?」
顔をのぞかせたのは、4年生・音葉ちゃんのお母さん、夏井さんだった。
「こんにちは。どうしましたか?」
「ちょっと…クラスのことで相談があって…」
どこか迷いながらも、彼女は意を決したように語り出した。
「音葉のクラスの担任の先生なんですが…実は、子どもたちから全然信頼されてないんです」
「えっ、児童ではなく先生が?」
「はい。保護者の間でも噂になっていて…。でも、教頭先生が動いても、改善が見られなくて…」
音葉ちゃんのクラスの担任は、新規採用で今年から教壇に立った先生だった。
俺は、不安と納得が入り混じった気持ちで、すぐさま、教頭先生のもとへ向かった。
教頭先生は、苦笑いを浮かべながら語る。
「スグル先生、そうなんだよ。本人は、子どもたちがついてきてないことを、全然自覚してないんだよね。ケロッとしてて…」
その時、教頭先生がポツリと言った。
「今、そのクラス…体育中だよ。体育館にいる」
俺たちは、無言のまま体育館へと足を運んだ。
すると――
「ちょ、ちょっと待ってください!」
体育館の隅で、児童同士が取っ組み合いの喧嘩をしていた。
驚いたのは、その隣に立つ担任の先生。
…止めてない。いや、気づいてない?
俺たちの姿を見て、ようやく慌てて近づくフリをして動き出したが、遅い。
しかも、喧嘩している子の“後ろ”にまわってしまい、姿が見えない。
…か、隠れたのか?
その様子を見た俺と教頭先生は、無言のまま顔を見合わせた。
言葉は交わさなかったが、互いに「これはマズい」と感じ取っていた。
そのままの足で、校長室へ。
校長先生・教頭先生、そして俺の3人で作戦会議が始まった。
「このままでは、クラスが壊れる」
「本人の自覚がないのが一番の問題ですね」
俺は、ひとつの提案を口にした。
「“ドキッ!ハッと作戦”をやりましょう」
作戦の名に、校長先生がクスッと笑った。
だが、その内容を聞くと真剣な顔に変わる。
「先生自身に“気づかせる”機会をつくるんです。叱るでもなく、指導でもなく、“体感”させるんです」
教頭先生も頷いた。
「それ…やってみようか。きっと、何かが変わる気がする」
――こうして、「ドキッ!ハッと作戦」は、静かに動き始めた。
次回、作戦決行の日。
そのとき担任の先生が見た“教室の光景”とは──?

