【スグルのリアル体験58】 〜 ドキッ!ハッと作戦、始動 〜

4月になると、毎年人事異動がある。

この年も他校から6人、新規採用で2人の先生がやってきた。

 

7月のある蒸し暑い日の午後、用務員室のドアがそっと開いた。

「スグル先生、ちょっといいですか?」

顔をのぞかせたのは、4年生・音葉ちゃんのお母さん、夏井さんだった。

 

「こんにちは。どうしましたか?」

「ちょっと…クラスのことで相談があって…」

どこか迷いながらも、彼女は意を決したように語り出した。

 

「音葉のクラスの担任の先生なんですが…実は、子どもたちから全然信頼されてないんです」

「えっ、児童ではなく先生が?」

「はい。保護者の間でも噂になっていて…。でも、教頭先生が動いても、改善が見られなくて…」

音葉ちゃんのクラスの担任は、新規採用で今年から教壇に立った先生だった。

 

俺は、不安と納得が入り混じった気持ちで、すぐさま、教頭先生のもとへ向かった。

教頭先生は、苦笑いを浮かべながら語る。

「スグル先生、そうなんだよ。本人は、子どもたちがついてきてないことを、全然自覚してないんだよね。ケロッとしてて…」

その時、教頭先生がポツリと言った。

 

「今、そのクラス…体育中だよ。体育館にいる」

俺たちは、無言のまま体育館へと足を運んだ。

 

すると――

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

体育館の隅で、児童同士が取っ組み合いの喧嘩をしていた。

驚いたのは、その隣に立つ担任の先生。

 

…止めてない。いや、気づいてない?

俺たちの姿を見て、ようやく慌てて近づくフリをして動き出したが、遅い。

しかも、喧嘩している子の“後ろ”にまわってしまい、姿が見えない。

 

…か、隠れたのか?

 

その様子を見た俺と教頭先生は、無言のまま顔を見合わせた。

言葉は交わさなかったが、互いに「これはマズい」と感じ取っていた。

そのままの足で、校長室へ。

 

校長先生・教頭先生、そして俺の3人で作戦会議が始まった。

「このままでは、クラスが壊れる」

「本人の自覚がないのが一番の問題ですね」

 

俺は、ひとつの提案を口にした。

「“ドキッ!ハッと作戦”をやりましょう」

作戦の名に、校長先生がクスッと笑った。

 

だが、その内容を聞くと真剣な顔に変わる。

「先生自身に“気づかせる”機会をつくるんです。叱るでもなく、指導でもなく、“体感”させるんです」

教頭先生も頷いた。

 

「それ…やってみようか。きっと、何かが変わる気がする」

――こうして、「ドキッ!ハッと作戦」は、静かに動き始めた。

次回、作戦決行の日。

そのとき担任の先生が見た教室の光景とは──?