【スグルのリアル体験 43】〜 人と向き合う
- 2025/07/03

学校には中休み15分と昼休み45分がある。
給食時間が終わり、昼休みが始まると、奥野先生が用務員室にやって来た。
「スグル先生、女子生徒の対応に困っています」
彼は体育教科の講師。まだ若く、見た目は真面目そうだが、どこか頼りなさそうな印象を受ける。
話を聞くと、ある女子生徒が彼の言うことをまったく聞かないというのだ。
どうやら奥野先生は女子生徒が苦手らしい。
おそらく、その生徒はそのことを敏感に感じ取っているのだろう。
「先生、ひょっとして『よく思われたい』『傷つけたくない』って気持ちが強すぎるんじゃないですか?」
俺が少し踏み込んだ言葉を投げかけると、奥野先生は照れくさそうに目をそらした。
「その女子生徒のことをよく観察して、良いところを見つけてみてください。
そして、素直な気持ちでそれを伝えてみましょう」
奥野先生は真剣な表情で頷いた。
「分かりました。やってみます!」
数日後、奥野先生は笑顔でやって来た。
「スグル先生、ありがとうございました!あの生徒、僕の話をちゃんと聞いてくれるようになりました!」
その嬉しそうな顔を見て、俺も心の底からホッとした。
「どうやったんですか?」
「先生に言われた通り、彼女の好きなことや得意なことを見つけて、褒めるようにしました。
最初は無視されましたけど、続けてたら、少しずつ反応してくれるようになって……」
その日の奥野先生は、まるで成功した子どものような無邪気な笑顔を見せていた。
仕事終わり、奥野先生と焼肉屋に行くことになった。
「今日のビールは美味いですね!」
彼はジョッキを片手に、目をキラキラと輝かせている。
その姿は、職員室で悩んでいた時とはまるで別人のようだ。
「先生、実はずっと女子生徒との接し方に悩んでいました。
自分が何か言ったことで傷つけたらどうしようって…。
でも、あの子が変わってくれたことで、僕も自分に自信が持てました」
彼の言葉に、俺は思わずグッときてしまった。
「それは、奥野先生が自分から向き合ったからですよ。
誰かのために動くことって、実は自分のためにもなるんです」
奥野先生は「そうですね」と小さく頷き、またビールを一口飲んだ。
「先生、僕…教師になった意味をようやく見つけた気がします」
人は変われる。そして、その変化は周りにも良い影響を与えるのだと実感した。
次の日の朝、学校の門に立ちながら、俺は昨日のことを思い返していた。
奥野先生の満面の笑顔、素直な感謝の言葉。それが、今日の俺のエネルギーになっていた。
「おはようございます!」
元気に挨拶する生徒たちの中に、奥野先生が対応に悩んでいた女子生徒の姿も見つけた。
彼女は友達と笑い合い、少しだけ俺にも笑顔を向けてくれた。
「おはよう!」と返すと、彼女は驚いたような顔をして、照れくさそうに手を振った。
「少しずつでも、変わっているんだな…」
俺は心の中でそう呟き、また一つ、小さな勇気をもらった気がした。
昼休み、奥野先生がまた俺のところにやって来た。
「スグル先生、実は…あの女子生徒から『先生、前より話しやすくなった』って言われました!」
彼はまるで宝物を見つけたように目を輝かせていた。
「それは良かったですね!先生が本当に彼女と向き合った結果ですよ」
「ありがとうございます、先生のおかげです」
「先生、今度は僕が誰かの背中を押せるようになりたいです」
「きっとできますよ。奥野先生なら、絶対に」
俺も少し胸が熱くなり、握りしめた拳に力を込めた。
人と人が向き合い、心を通わせることで、こんなにも大きな変化が生まれるのだと改めて感じた。
「よし、今日も一日、頑張ろう」
俺は心の中で小さく呟き、また新たな一歩を踏み出した。
生徒たちの成長を見守り、自分自身も少しずつ成長しているのだと信じて。